Asagaya Parkside Gallerie
記憶写真
「山上がり 」
いつが山上がりか、カレンダーにはのってない。
でも今日は山上がりだ。昨日、母が「道草せんで早う帰って来んとおえんよう、
明日は山上がりじゃけんな」と言っていた。
「このあいだ花見に行ったのに、またやるんか？」と聞くと、「そうじゃ昔から
なあ、この時期に山に登って弁当食べるんが習わしじゃがあ、もう５月よ」
土曜日は半ドンで給食もないから、まっすぐ帰るしかない。
校門を出てすぐにマアちゃんが「何でそげん急ぎょんなあ」と話かけてきたが、
「おう、・・」と答えただけで早や足て家に帰った。
裏口を開けると酢のいい匂いがした。「あっ、巻き寿司か」と大声をだすと、
「鼻がええなあ、巻くのと、ざくろとどっちがええ？」
「そりゃあ、ざくろじゃあ」
ざくろは母の作る弁当の中で一番、みば（見栄え）がいい。バス旅行に行った
時など皆の前で、蓋で隠さないで食べれる。クラスの難波のひろちゃんや、
森本のじゅん子は、いつも玉子巻きやソーセージで飾った弁当だ。
「わしもああいうのがええのう」と思うが、たいがい竹輪やこんにゃくの煮たのが
入れてある。
ざくろの作り方はいつも母にくっついて見ているので知っている。
海苔を四角く４つに切って、上に卵焼きを敷き、次に赤いでんぷを載せてから
丸いおにぎりを載せて包む。包丁で海苔の上から十字の切れ目を入れると、
パカッと黄、赤、白のざくろが現れる。
「よーしゃ、こりゃあ早う帰った甲斐（けえ）があったでえ」
私は、あとは何を用意すりゃあえんなあと母の回りをうろついてせっついた。
「そこの水筒と玄関に出しとるゴザを持って、先に場所を取っときねえ」
おう、がってんしょうちのすけと答えて前の山に向かった。
てっぺんまでは、走ると５０秒かかる。でも途中の土手で、すでに近所の子供や
年寄りが座り込んで弁当を広げ始めてる。上まで登ろうか考えたが、母が大変
と思い、中腹の手頃な草地にゴザを敷いた。ここならうちの屋根を真下に前の
七間川も見える。線路向こうの栗坂の山まで丸見えだ。
・・・ええ眺めじゃのう。
どこかで声がしたのでキョロキョロ探すと、少し上にある柿の木の側で信ちゃん
が手で合図している。弟の二郎ちゃん、お母さん、おばあさんも一緒だ。
私も両手で胸の前に十字を作って返した。「あとで、のー（遊ぼう）！」
白の日傘が一つ見えて、やっと母と満田屋のおばさんが上がって来た。
「まあ、えれえ高えとこに座ったなあ、ここまで大変じゃったが・・」
「あたしなんか、隠居してから、こげん上にはもう何年も登ったことがねえよ」
二人からあきれたふうに言われたが、場所は満足したようだ。
「ほんとにここは１等席じゃなあ、瀬戸内海も見えそうじゃなあ」
「おばさんとこの家の屋根も、ようわかるがあ」
さっそく弁当を開いた。ざくろが５個、巻きずしもある。卵焼きとイカのみそ焼き、
こんにゃくと竹輪も入ってる。
「まあ、ヤエちゃん（母）きれいにこさえとるなあ。うちは面倒なけんこれだけじゃ」
黒い重箱に海苔を巻いた俵のおむすび、鰯の味醂干し、かまぼこ、酢レンコン、
里芋の煮たの、沢庵が並んでる。
「ありゃ、おばさん、ええようにしとるがあ。一人でこれだけ、偉えなあ」
あっという間に楽しみが終わった。おばさんの分までよばれたので、腹がきゅう
きゅうだ。ちょっと、しょんべんしてくらあと言って、少し西にある竹藪に駆けた。
土手のあちこちで菜の花が、唾でこすったような匂いをさせて咲いている。
モウソウ(竹)の前まで行くと、太い一本を目がけて思いっきりジャーと出した。
すぐに、きゃっきゃっと笑うのが分かった。しまったと思ったがもう遅い。そのまま
続けるような止めにするような、びくついた出かたになった。
終えて引き返す間も、女子（おなご）らの、はやす声がした。一人は同じ４年Ａ組、
和気あさ子だ。「悪いのに見られたのう、ありゃあしゃべくりじゃけん、月曜には
みんなに言いふらしとるじゃろう」そう考えると頭が、かーとした。
山の上手で信ちゃんが”十字剣”の合図をしていた。私は忍者走りになり斜面を
一気に駆け上がった。
頂上から下を見ると、母と満田屋のおばさんは、もう帰り支度を始めていた。
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