Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「 あっかんべえ」


裏口を出て井戸のまわりをスキップする。いとこのよりちゃんに教わったけど
まだうまく足が交互に弾まない。紗代ちゃん(私と同じ日に生まれたはとこ)は
でけるのに。自転車も紗代ちゃんは乗れる。
”あんたは女の子うがでけるのにまだ乗れんのん”おとといお母ちゃんにも
言われた。でもきのう紗代ちゃん家の庭にみんなで絵を描いたら、
「ユウちゃんのが一番ようかけとる、こりゃあ五重丸じゃあ」
とよりちゃんが誉めてくれた。こげんじょうずなんは一年生でもおらんよう。
そのあと、学校じゃあオルガン弾いてスキップするんよ言うて見せてくれた。
練習して来られえ次ん時ゃあ音楽の時間にするけん。
よりちゃんは3つ年上で、こんめああちゃん(すぐ上の兄)と同級生だ。
何でもできる。漢字もかける。走るのはこんめああちゃんより速い。本家(父の)
の庭の離れにお母さんと住んでいる。お父さんはまだ見たことが無い。

広い台所の隅っこからコンッコンッと音がする。規則正しく2回打ってスカッン
と鳴る。
「コンッコンッ、スカッン。コンッコンッ、スカッン」
本家のおばあちゃんが薪を割っている。お父ちゃんが”薪割り名人”じゃと言って
いた。小さい斧でほそ−くほそーくしていく。一度も失敗しない。
「コンッコンッ、スカッン」
ちょっとわしもやってみてえ言うたら、足切るけんおえん言われた。あとでこっそ
り やったら、すべってほんとに足を切りそうになった。
あげんちいせい体で耳も遠おなっとるのにちっともじっとしとらん
と一緒に住んでるTっぁんも言っていた。
よりちゃんがやって来て
「おばあちゃん、あれやって見せてん」言うと
「ああ、あっかんべえか。うんにゃあ見とれえよ」言うて
あたまのてっぺっんを”ペンッ”。ベロが出た。
のどを”キュッ”。ベロが引っ込んだ。
「あたまたたいてべろだして、のどひっぱってべろとじる、やってみい」
「あたまたたいて・・べろだして」
「おおそうじゃそうじゃ、うめえうめえ。より子はなんでもようできるわあ」
おばあちゃんはよりちゃんが大好きだ。いっつもより子、より子と呼んでいる。

本家のおばあちゃんが薪を額に当てたことで亡くなったのは、それからだいぶ
経った小学2年生の時だった。葬儀の日、家で父が母に何か小言を言われていて
「そうは言うてものう、わしの母親が死んだんじゃけんのう、他たあ違うで」と母を
諭(さと)していた。それではじめて”ああ、あっかんべえのおばあちゃんは
お父ちゃんのお母ちゃんだったんだ”と思った。(変な話だが、本家にはおばあさ
と呼んでた人が別にいて、その人をお母さんだと思っていた。後で父のお義姉さん
だと知るが、同年の本家の子達がそう呼んでいたので私も深く考えなかった。)
ひつぎは子供達が前に並び大人が後ろに続いて全員で運んだ。午後の日差しが
家の土壁に参列した人の長い影を作っていた。
先頭はよりちゃんだった。


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