Asagaya Parkside Gallerie
記憶写真
「からみ餅」
やえちゃん（母の名）、餅うついたけん食べんきねえ、満田屋のおばさんがそう
言うので呼ばれに行くことにした。
正月は終わったのに、何してまた餅やこうついたんでえと聞くと、もうちょっと
食べていのに無くなったけん、つき直したんじゃあ、まあだ一月じゃけん。
満田屋のおばさん家はおじさんと二人暮らし。（そういえばくり屋の家もそうだ。）
娘さん三人いたがみんな嫁いで今はいない。おじさんは日がな犬の”ヒロ”（一番
上の兄はこの名前を自分が呼ばれてるみたいだと嫌がっていた。）を相手に往来
を眺めて暮らしている。私が前で遊んでいると”こらっ、どこの子だ、こりゃっ待て
こりゃっ”と杖を振って追いかけるふりをする。
”まあ逃げ足の速ええやっちゃのう。今度捕まえたら痛えめえにあわしちゃらんと
おえんのう”おじさんもくり屋のおじさんと同じ、柔術師範の免状を持っている。
おじさんから
”技”（柔道の）は教わってないけど、木刀をもらった。黒い刀の形を
した樫の木の木刀。
”昔はこれで素振りをしょうたけん、おめえもこりょう使うてみい”
山の荒神様まで忍者走りで駈けて行く。背中に黒い木刀。
あっ、だれかやって来るぞ。隠れろ、息をするな、気配をさとられてはいけない。
よし行け、うっ、しまった待ち伏せか。
「えいっ、とうっ、やあっ、たあっ、とりゃ、ええいっ」
おばさんは奥の台所に卓袱台出して、あんころ餅とからみ餅を盛った二つの
丼ぶりを上に載す。お銚子も一本そえる。
「今朝ついたんじゃけん、すこうし（少し）固うなっとるかもしれんよ」
おじさんが見当たらない。ヒロを連れて散歩に行ったんだろうか。
「このでいこん（大根）下ろし食べてみねえ、子供にゃあ辛えけど、あたしゃあ
これが一等好きじゃあ」
ナマコの入ったからみ餅。歯にくにゅくにゅ、舌にくちゅくちゅ。こりゃあ、わしも
一等好きじゃあ。あんこよりゃあ、からみばあ（ばかり）のほうがええ。
「この子あ、かれえ（辛い）のが好きなんじゃなあ、酒のみにならあ」おばさんは
仲間がでけたとばかりにお猪口で一杯。
「やえちゃん、そろそろやろうやあ」
場所を日当たりのいい座敷に移す。
「こないだ（この間）はユウちゃんにやられたけん、きょうは勝たんとなあ」
座布団一枚ひろげて札を置く。広告の紙の裏にエンピツで名前と線。
「昼からおじさんも用事でおらんけん、ゆっくりでけるよう」
おじさんは花札は嫌いだ。やるのは囲碁だけ。前におばさんが家（うち）でやって
たとき言っていた。あの人あ堅えけん。
「よしっ、”桜”が来え、よっしゃ来た」
「あれ”あやめ”は何点にしとったんかなあ？」
「”梅”に”坊主”と次に”松”がきてくれれば・・」
「なあ、いつのまあにユウちゃん”赤たん”作っとるがあ」
勝負は５回を２度。それ以上はやらない。あとはみかんを食べておしまい。
「ありゃ、ヒロが吠よおる（吠えてる）なあ、おじさん帰ってきたんかなあ。
ほんなら今日はこれぐれえにしょう、ユウちゃん次ん時ゃあ負けんかんなあ」
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