Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「大当たり(3)」

「ちゃーんとまだ取ってあるでえ。買うんけえ」
私を見留めたおにばばぁは、ニヤニヤと先ほどマアちゃんにしたと同じ愛想の
よさで再び奥から出て来た。私は勢い込んで「これぜーんぶ引くでえ」と言った。
そして兄と信ちゃんに特大の景品が入った木箱を指さして見せた。
「のうほんとじゃろうが、ぜっていに当たるでえ」
兄と信ちゃんは木箱の中を覗き、観念したようにズボンのポケットからそれぞれ
5円玉をつまみ出した。兄がその5円玉を私に手わたしながら
「へーじゃけど(それだけど)そのめえ(まえ)にどうやって分けるんなあ」と
言った。そのとうりだった。私は自分に巡った運のよさに有頂天になりそこまで
考えていなかった。すると信ちゃんが
「わしゃあ二等でええわあ。ユウ(私)ちゃんは一等でマコッ(兄)ちゃんは一緒に
食べるんじゃけん、それでええがあ」と言った。話は決まった。私は二人から受け
取った5円玉と自分の5円玉を合わせ、おにばばぁに渡した。それからくじ箱に
手を伸ばし中に残っていた三枚のくじをガラス蓋の上に並べた。私は必ず訪れ
るであろう幸運との出会いを、できるだけ後に味わいたいとの思いから、それら
を一枚ずつ手にしてゆっくりと開いていった。
最初に開いた一枚でいきなり「鯛(一等)」が出た。
「大当たり」
おにばばぁが言った。次が「蛸(二等)」。
「大当たりじゃがぁ」また言った。
三枚目は当然「スカ」だった。おにばばあは嬉しそうに新聞紙を取り出し、木箱
の中のわらびもちをそそくさとと二つに包んで私と信ちゃんに渡した。
外に出て、来た時と同じ様にかんかんに熱くなった自転車の荷台にまたがると、
「鯛」と「スカ」を包んだ新聞紙のくるみを股間に挟んだ。
つまらなかった。なんともつまらなかった。あれほど焦がれていた一等のくじを
こんな分りきった中で引き当てても、ちっとも嬉しくなかった。私は兄の漕ぐ自転
車の後ろで先ほどまであった興奮を思いかえした。太陽は西に傾いていたが
日差しは相変わらずで、私の右の頬や折り曲げた両足の太ももを焼き続けた。
時々、後ろからトラックがやって来て土埃をあげ追い抜いていった。
何も話すことがなかった。おにばばぁの笑った顔が妙に頭にちらついた。
そのうち、道は水たまりができていたでこぼこ道に入っていった。私は股間に
挟んだ新聞紙の包みを両手に持ち替え、バランスをとりながら衝撃を避けた。
自転車は何度か穴に落ち込んだが止まらずに走り続けた。私は尻の位置を直
そうと少し腰を浮かせぎみに体を前に傾けた。その時、新聞紙が底から割れた。
道に放り出されたわらびもちは砕け、土埃をまぶしてころがっていた。もはや
どれが「鯛」でどれが「スカ」か見分けがつかなかった。前に立ちすくした私は
頭の中が真白になり何が何だか分らなくなった。悔しさと、情けなさと腹立たしさ
がいっぺんに沸き起こってきた。泣いていたと思う。兄が
「泣くなっ、お母ちゃんには内緒でえ」と叱った声が今も耳に残っているから。
私達はそれから西日の跳ね返った道にしゃがみ込み、まだ形をとどめている
わらび餅を一つずつ拾っていった。
先を走っていた信ちゃんが心配そうに自転車を止めこちらを窺っていた。

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2008/02/03大当たり(2)
2008/01/27大当たり(1)
2008/01/20兄のデビュー(2)
2008/01/13兄のデビュー
2007/12/30水中金閣寺
2007/12/23記憶写真
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