Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「探し物 」


新しい家の西側は田圃と畑が続いていた。畑の間の畔には見落とすほど細い
小川が流れていて山からの湧水を前の川まで運んでいた。私と母はよく春から
夏にかけてその辺りに生えるセリを引きに行った。食べられる本セリと腹痛を
起こす毒セリがあるけんよう見んとおえんよう、そんな話をしながら陽をいっぱい
浴びた草の間をかき分けながら探して歩いた。時々、スルッと口縄(ハブ)が
走りぬけ、驚かされることもあった。
畑の行きどまった場所には黒い板塀の二階屋があり、満田屋のおじさんが物置
として使っていた。一階には自転車やら農機具がしまってあった。
今度そこへ嫁にいってた娘さんが、ご主人の転勤で戻って来ることになった。
「ひな祭りに呼ぶけん、来てん言うとるよ、ユウちゃん行って来られえ」
そう言われたのは、ふく子ちゃんという娘さんが住み始めてすぐのことだった。
呼ばれたのは、小学1年の私と本家(父)の離れに住んでる4年のよりちゃん、
それと本家の4歳のさっちゃん。
二階の部屋の新品のベビーベッドに赤ちゃんが寝ていた。
上には大きなピンク色のメリーゴーランドがぶら下がっていた。
私とよりちゃんはさっそくスイッチの紐を引っ張って回してみた。オルゴールが
キコン、コロンと鳴り始め、赤ちゃんがアワワ、アワワと言って喜んだ。
それを奥で台所の用意をしていたふく子ちゃんがじっと眺めていた。でも何も
話かけてはこなかった。
お昼はちらし寿司と甘酒が出された。私たちは体を硬くしながらそれらを頂いた。
嬉しいような辛いような気分だった。
やがてわたし達が食べ終わるのを黙って待っていたふく子ちゃんが、ぽそっと
口を開いた。
「本当はなあ、内の人は子供が嫌いなんじゃあ。子供は汚すじゃろう、せえじゃ
けん呼ばんつもりじゃったけど、最初の祝いじゃけんそうもいかんけん・・」
さっき私達がはしゃいでたのを怒ってるのかと思っていた。でも始めから来て
欲しくなかったと言われてどうしていいか分らなかった。
「ごちそうさま」もせずそっと帰って来た。
それからしばらくして母が「ふく子ちゃん家でまた遊びに来てん言うとるよ。
ユウちゃんはやさしいええ子じゃいうて」と私に伝えた。
今度は一人だった。緊張して大人しくお菓子を呼ばれてたけど、すぐに
「ちょっと買い物して来るけん、ユウちゃん内の子と遊んどいてん」と言われた。
私はメリーゴーランドを動かしながら、赤ちゃんのほっぺたをつっ突ついて
やったり、べろべろばーをして帰りを待った。
何度目かのメリーゴーランドが止まってまた動かそうとした時だった。引っぱ
ったスイッチの紐がポロッと抜けてしまった。私はこりゃあ大変じゃと慌てて
側にあったタンスの後ろにそれを隠した。
だいぶ経ってから、母が編み物を教えてとふく子ちゃんに頼まれて、一緒に出か
ける事になった。
「どこを探しても見つからんのんよう、赤ん坊がどこかにやるわけねえのに・・」
じわっと冷汗が出て、後ろめたい気持ちでいっぱいになった。

ふく子ちゃんが夜、徘徊していると聞いたのは2年前母の葬儀に帰った折だった。
母と訪ねた日のことが頭に浮かんだ。
「まだあの探し物が見つからないのだろうか・・」



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