Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「信ちゃんのいない夏(2)〜王手」

信ちゃんが入院して、遊び相手がおらんとなるとやることがのうて困る。一人で
釣りも飽きたし、こんめああちゃん(中一のすぐ上の兄)じゃあ相手にしてもらえ
んし。子分を連れて山に出てもくそ暑いだけじゃし。
私は信ちゃんがいつ退院してくるのか聞きに行った。
お母さんも、お父さんも田圃に出ていないようだった。おばあさんがいて
「ぼっけい熱がでたけんなあ、けっこうかかるみてえじゃよう」と教えてくれたが、
いつかはわからなかった。そこへ二朗ちゃんも出てきた。二朗ちゃんは私より
3つ下の一年になったばかりだ。相変わらず右の人差し指をくわえている。
前に”それおいしいんかあ”と聞いたら”べつにおいしゅうねえわあ”と言っていた。
なのに毎日しゃぶってる。
「二郎ちゃん、信ちゃんいつ帰ってくるんなあ?」
指を出して「しらーん」。くわえてからまた外して
「ユウちゃん、つめ将棋できるんけえ?」。
将棋は一番上の兄に教わって知っている。でもやるのはいつも「挟み将棋」か
「上がり将棋」。難しいルールは性に合わない。
私は今から遊び友達を見つけに行くのも面倒なので、二朗ちゃんでがまんする
ことにした。

すぐ裏の山で蝉が死に物狂いに鳴いている。踏み固まった庭は目が向けられ
ないほど照り返っている。この間やった”ラムチン”(ビー玉入れ)の穴がホクロの
ようにぽつんぽつん残っている。
縁側に二人で盤を持って来て駒を並べた。前に信ちゃんがおじいさんのだと言っ
ていた。厚さが20センチもあって脚が付いて重い。家にあるベニヤにマジック
で書いてあるのとはえらい違いだ。
二朗ちゃんは右人差し指を立てたまま、9本指であっという間に駒を揃えた。私は
それを見ながら同じように置いて行った。
「ユウちゃん、ほんとに動かし方知っとん?」
「それぐれい知っとらあ、はようやろう」
私は二朗ちゃんと似たように駒を移動していった。
「ユウちゃん、なんでわしとおんなじことをするん?」
仕方なく自分流に動かした。
「桂馬の高跳びは何ちゅんか(何と言うか)知らんのんかあ」
取られてしまった。くそっとばかり、角で敵陣殴り込み。これも取られる。
あとはむやみやたらに進めた。
「王手!」
テラテラにふやけた人差し指が目の前に伸びた。シェー!いつのまに。
「うーん」
へたに逃げてみたけどすぐに捕まった。
「もういっけい(一回)じゃあ!」
この日、夕方近くまでやったが一度も勝てなかった。でもこんなに将棋が面白い
とは思わなかった。あっという間に時間が過ぎてしまった。
次の日も朝の宿題をいい加減にすませて、まっすぐ信ちゃん家に行った。
「おばさん、二朗ちゃんおる?」
「ああユウちゃん、二朗と遊んでくれるん、信一がおらんけんなあ。
二朗、ユウちゃんが来とるでえ」
昼ご飯までやって、また午後からやった。
それからほとんど毎日、二朗ちゃんと将棋をやった。少しづつ勝てるようになった。

何日かして信ちゃんが退院してきた。
「二朗が相手じゃあ、おもろう(面白く)なかったろうがあ」
”んんにゃあ(いやあ)、もんげえおもろかったわあ”と
言いかけたが口にしなかった。
夏休みも半分過ぎていた。

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