Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「 もの好きの悲哀〜鮒めし 」



往来に面した台所の窓から「トントコトントコ」音がしたら、また今夜も鮒めしかと呟く。
道を前にしてしゃがみ込み、父が今日も前の川で捕ってきた鮒を出刃包丁で叩いて
いる。
「トントコトントコトントコトントコトントコ・・・・」
鮒めしは私の田舎の風物詩、いや私の家だけだったか。とにかく寒くなって来ると、
十日に一度は作られた。その時は朝夕問わず(朝のうちに叩くこともあったし、夕方に
なってやることもあった。)
「トントコトントコトントコトントコ」
前を人が見て通ろうが、車がガスを吹きかけて走り去ろうが、遠くでじっと猫が狙って
いようが、
「トントコトントコトントコトントコトントコ・・・・・・」
何百いや何千、何万回聞かされてきただろう。その音を聞かなくなって四十年が経と
うというのにまだ耳の底で打ち続いてる。
「トントコトントコトントコトントコ・・・・・・」私達の好みがカレーライスやハヤシライス、
トンカツに移つっても止むことなく続いた。そのうち近所の口の悪い人(私はまだこの
男を許していない)が通りがかりに「ほーうここん家(ち)じぁあ、まーだそげんなもん
食よんかあ、もう臭そーて食えんでぇ、もの好きじゃのう」と笑ったとしても。
「トントコトントコトントコ」
おそらく前の川の魚を最後まで食べていたんだろう。もう恥ずかしいけん頼むけん
そげえなこたあやめてくれえと家族の誰か(私かも知れない。)が言っても、それでも
「そげんなことを言うてもこせえたら(こしらえたら)食びょうが」と取り合わない。
確かに子供の頃は”うめいうめい”とおかわりまでしていたのだ。叩いた鮒の炒られる
音がしただけで駆け寄って行ったのだ。牛蒡、人参、葱に油揚げが入れられ煮立った
鍋に醤油が注がれる。それが御飯に掛けられるのを想像し
「お父ちゃん今日もうまそうじゃのう」と生唾を飲んだのだ。

先日偶然、新聞でこの”鮒めし”についての記事を見た。”郷土の誇る味百選”とか
タイトルされていた。郷里の県庁のあるO市にはこの鮒めしを看板に暖簾を掲げて
いる料理屋があるとも書いてあった。県を代表するぶっかけ飯であるとも。
どうやら我が家だけの風物詩ではなかったようだ。しかし私が高校に入った頃(昭和
43年頃)家の前の川は家庭排水と田圃に使う農薬で見る影も無かった。そんな川の
魚を食べようなんて、確かにもの好き(他人に言われると腹が立つ。)だったのだ。
私は黄色いアルミの大鍋いっぱいに作った鮒めしを前に、家族の誰からも相手に
されず一人夕食を取っていた(当時母は入院していることが多かった。)父を思う。
何で一緒にもの好きになってやれなかったのだろう。

もう仕上げが近いのか
「トトトトトトトトトト・・・」と包丁の動きが早くなった。
「シュー、シュー」
まな板を擦る音もする。どうやら終わったらしい。

「しょうがねえのう、せっかくこせえたんじゃけん食べちゃるかあ」



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