Asagaya Parkside Gallerie
記憶写真
「股旅〜修行」
股旅があこがれだった。
村から村へ町（宿場）から町へ、西に東に風の吹くまま気のむくまま。
「ええのう股旅は・・・」
今日も映画の帰り、Ｋ市駅前の「自由軒」で父とラーメンをすすりながら私は言った。
（映画の日は必ずこの”自由軒”か隣の”明陽軒”でラーメンを食べる決まりだった。）
「おもろかったけえ、どこらへんがえかった？」
「きんのすけ（中村錦之助）が、わりい(悪い)奴うやッつけるとこがええのう
お父ちゃん、股旅いうなあどうやったらなれるんでえ」
「ユウちゃん、ありゃあ昔でえ、今はおらん（いない）でえ。せえに股旅いうなあ、
やくざもんでえ」
やくざもんと言われて良くない人だと分かったが、わしはええ人の”やくざもん”
になりゃあよかろうと早速準備にとりかかった。
満田屋の納屋の前にかんぴょうを干してあるザルに目をつけた。そのザルが
空いてるのを見計らって頭にのせてみた。うーんまだかんぴょう臭えけどええわ。
合羽はないので風呂敷を背中にした。縄を腰に巻き左に木刀を差した。
そのまま山に向かって走った。右手で頭のザルを支え左手で木刀の柄を押えた。
途中、以前すぐ上の兄が足を突っ込んだことのある肥溜めを避け（あれだきゃあ
落ちとうねえでえ）一気にてっぺんまで登った。
「たったったったったったっ、まてまてまてえ、そのけんか待ったあ」
と言ってみたがどこにも”出入り”（やくざのけんか）はなかった。
しかたなく、しみったれた実をつけた柿の木を悪ものにして、切り合いをする。
「えいっ、とうっ、そのちょんまげは頂きでい、ひぇい！」
実が飛び散り皮が木刀に張り付いた。草むらになすりつけて拭きとりふたたび
「たったったったっ・・・待てえい！」
竹藪までやって来た。
「今夜はここで野宿といたすか、さいわい乾いた葉っぱもあることだし・・」
藪の下にほどよく積もれた笹山を見つけ横になる。
こげえなもんかのう股旅いうのは、と考えを巡らせる。すると根っこがむき出しに
なった斜面に、小さな穴がいくつも開いているのに気がついた。
「なんじゃろうかこりゃあ」
起き上がって側にあった竹の枝で穴をほじってみる。
「あっうわぁわうゎわあああ・・ああ」
中から枯れ笹と同じ色をしたトカゲが十数匹も飛び出した。慌てて上に這い上る。
刀も笠（ザル）もほっぽり出して。
「ひぇーえ、きょうてえ(怖い)のう」上から竹の棒で地面を叩き、トカゲがいなくなる
のを待つ。「こりゃあていへん（大変）でえ股旅も、安心して外で寝とられんでえ」
勇気を振り絞って笠と刀を取り戻したあとは、日当たりのいい草地に宿がえする。
また横になる。ザルを顔にかぶせ旅人（たびにん）に思いをはせる。
まぶたの上で急に風が吹いたと思ったら、笠を片手に人が立っている。
「もう、あほうがなにしょんでえ、こげえな時間まで、満田屋のザルがのうなって
ユウちゃん知らんかのう言うておばさんが探しょんのに、ほんとにもう・・」
足をはたかれた。引っ張り起こされた拍子にほっぺたも。なおも母はどこかもう
一つ叩こうとしたが、身を縮めて抵抗したのであきらめた。
あたりはすでに薄暗くなっていて、虫もチリチリ鳴き始めていた。手首を強く
握られ無理やり山を下された。
あらためて股旅修行の大変さを思い知る一日であった。
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