Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真

「フミちゃん」

「まあ、おねえさん、こんな子うがおったん。名前なんちゅんでえ」
聞きなれないアクセントに私は警戒した。テレビではしょっちゅう耳にするけど
実際に喋られると、ビニールが掛ったままの羊羹を食べてる気がする。
「ほーん、ユウちゃん言うんかなあ。何年生になるん。私、誰だか知らんじゃろう。
そうじゃろうなあ、ずいぶん帰っとらんかんなあ。あんたのなあ、お母ちゃんの
妹なんよ、おばさんよ」
「もうええ、あんまり言われなあ、なんも知らんのじゃけん」母が眉にしわを寄せ
その人に言った。
フミちゃんという母の妹が大阪から戻って来たのは小学3年の夏のことだった。
貰われて行ってたのだと母は言った。
なんでもらわれたん、一人だけなんでもらわれたんと私はしつこく聞いたが、
さあどうしてかなあ、ようわからんなあとしか母は答えなかった。
母には十人近い妹、弟がいたが皆、近辺に住んで行き来していた。
なんで、あの人はもらわれたんじゃろう、お金持ちの家じゃったんかなあ・・。
それからも大阪弁のおばさんのことが頭の中で離れなかった。
しばらくして、本家のおばあちゃん家(母の)に行くと
おばあちゃんと、清彦(子分の)のお母さん(母の弟、ミノルおじさんの嫁さん)と、
フミちゃんでスイカをかじっていた。
「ありゃ、あんたはおねえさんとこのユウちゃんじゃったなあ、こっちへ来て
いっしょに食べられえ」
見ると、おばさんはシュミーズ一枚だ。なのに顔はこてこてに真白で、口紅は
スイカよりも赤い。
「ユウちゃんも食べられえ」清彦のお母さんも言ってくれた。
「この子はなあおねえさん、どえれえ頭がええんよう。私が聞いたことは何でも
答えられるんよう。通信簿も”5”ばっかりよう」
そんなことはなかったし、そんな話もしていない。戸惑っていると
おばあちゃんが、「ほら、こりょう持って外に行って喰いねえ」と真ん中の大きい
とこを二つ手渡してくれた。
帰る際にも
「こんどなあ、おばさんに学校の話をもっと聞かせてん。私もユウちゃんに
教わって勉強せんとなあ、」と種をぼっと床に吹き出しながら言ってきた。
なんであげんに、おだてるんじゃろうか。一回しかおう(会う)てねえのに。
気味が悪かった。それにおばあちゃん家(ち)なのに、自分家のようにしている
のも気になった。

夏が終わりに差しかった頃、暑さで母が寝込んでしまった。おばあちゃんが
心配して見に来てくれた。
「どげんなんなら(どうなの)、ゆっくり休んで栄養のあるもん取らんと・・」
「フミ子はどげんしょん(どうしてる)?」
「あん子はなあ、困るんよう、戻って来られてもなあ・・。どうすんかなあ・・」
「へーじゃけど、もう行くとこがねえんじゃから、何かせんといけまあ・・」
「そのうち、自分で見つけるんじゃあねんかな・」
おばあちゃんの言葉通り、しばらくしてフミちゃんは何か見つけたらしく大阪へ
戻って行った。
次に会ったのは翌年の正月。”うちの人”というのを連れていた。
「あっユウちゃん、大きゅうなったなあ。お年玉あげんとなあ、ちょっとあんた
こん子、おねえさんの子よ、でぇれえ頭えんよう」
うちの人がぼそぼそと言ったが、聞き取れなかった。頭の薄い痩せた人だった。

その後のフミちゃんは、大阪に居たり、こっちに居たり。会うたびに、ユウちゃん、
ユウちゃんと声をかけてくれ、小遣いもくれた。私が東京に出てからは、田舎に
腰を落ちつけ、私の小学校の同級生がやる「うどん屋」で、一人がんばって働い
て いた。私は結局フミちゃんがもらわれた訳を誰からも教わらなかった。おそらく
これからも知ることはないだろう。ただ大阪訛りで”どえれえ頭が・・”とおだてた
理由だけが今は分かる気がする。


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