Asagaya Parkside Gallerie 記憶写真
「ツーちゃん」
放課後2階の4年A組の教室で掃除当番の床掃きをしていたら、下からスぺりオール
パイプ(縦笛)の音が聞こえてきた。私の好きな「北上夜曲」だ。
誰じゃろうか、うめえげえ(具合)に吹くもんじゃあ。
私も笛が得意だった。ひそかに自信を持っていた。
覗いてみると、豚みたいにぷっくりして色の白い男子(だんし)が、笛をくわえたまま
下駄箱場を出たところだ。
「ありゃあ誰なあ?」
そばで丁度、窓を拭いてた宮瀬千鶴子に聞いた。
「はぁーん?ああ、ありゃあC組の平末のツーちゃんじゃあ。スぺりオールパイプが
ぼっけいうめえよ、ユウちゃんよりうめえよ」
千鶴子は生徒のことなら何でも知ってる”聞き魔”だ。おまけにそれを誰にでも喋る
”言いふらし”だ。それで何度恥ずかしい思いをさせられたことか。
「なんで”ツーちゃん”言うんなあ?」
「名前が”つよし”じゃけん、みんなそう呼んどるがあ」
おかしいのう、”つよし”なら”つよっちゃん”と呼びゃあええのに、何で”ツーちゃん”
なあ。甘えとるのう・・。
そのことがあってから、私は”ツーちゃん”が気になって仕方がなくなった。
なんかして、仲良うでけんかのう・・。
その日は五時間で終わる水曜日だったので、校門を出たのが2時半と早かった。
どっか寄り道するかのう、「徳一」(おにばばぁのいる駄菓子屋)にでも寄ってみるか。
ふと右の方を見ると、ランドセルを前掛けにしてアゴをその上に乗せ、いかにも
たいぎそうに歩く男子がいた。”ツーちゃん”だ。そう思った私は学校で決められてる
左の帰り道を右に変えた。(どちらの道も半回りして私の部落につながってた。)
私は駆け足で近付き、手にしたスぺりオールパイプで「ヒャララーララ、ララ・・」
とチャルメラの音をを鳴らした。
「何ならあ(何か用か)?びっくりしたのう・・」
「この前、”北上夜曲”をやっとったのう、わしにも教えてくれえ」
私は自分のパイプの口をズボンのポケットで拭いてから渡した。
ツーちゃんはええでえと答えて、この間の曲を吹いてくれた。
おー、うめえわあとほめると、こんなんも出けるでえと聞いたことのある曲を
やり始めた。何ちゅうんなあと聞くと、「史上最大の作戦」じゃあと言う。
ハイカラなんを知っとるのう・・。
私はあらためてツーちゃんを見直した。しかし感心させられてばかりでは悔しいので、
替え歌出けるけえと言って、18番の自作、畠山みどりの”恋をしましょう・・”を
歌ってみせた。
「鯉を釣りましょ、鯉を釣ろう〜エサはみみずにさばの虫〜昔の人は言いました・・」
前のカバンの背中をバタバタ叩いて笑ってくれた。
「おもれい(面白い)のう、そりゃあ自分で作ったんかあ?」
「あったり前田のクラッカーじゃあ!」
「よーしゃ、ほんならこれで合いの手を入れちゃらあ」いきなり右の人差し指を左の
頬に突っ込み抜きだすと「ポンッ」とサイダーの蓋が飛ぶような音をたてた。
「鯉を釣りましょ〜(ポンッ)、鯉を釣ろう〜(ポンッポンッ)、餌は〜(ポンッ)・・」
合唱は家に着くまで続いた。
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