Asagaya Parkside Gallerie
記憶写真
「 とらぞう 」
家の前の「くりや」は駄菓子屋だけど、本業は寒い時期の三田口の”鯛焼き”と
夏場に店でやるかき氷。普段はおばちゃん一人で店番してる。子供はいない。
おばちゃんは朝の４時には起きてあんこを煮てる。いつもその時間になると
父の”点検”があるから知っている。
「ほりゃ、ちんぽが立っとらあ早ようしょんべんしてけえ」と股ぐらつかまれて
起こされるから。
半分寝てて便所に歩いてても、ああええ匂いがするなあと鼻が動いてる。
夕方に行くと奥の井戸水で小豆を洗ってる。五升の豆が冬は毎日炊かれてる。
おばちゃんの楽しみは火鉢の前で吸うキセルの一服と、「とらぞう」（広沢 虎造）
の浪花節。
今日も暗くなって覗くと、裸電球の下でラジオのしわがれ声に頭をゆらして聞き
入っている。左手に飴色のキセルを持ち、右手に「ききょう」の葉っぱをつまんだ
まま。丁度いいとこだったんかなあ、”おばちゃん”と言っても気がつかない。
「おばちゃん、今晩プロレスあるいうて、おじさんに言うといてん」
「ああユウちゃんかな、ありがとう。言うとくわ」
おじさんは”とらぞう”より”りきどう”（力道山）がいい。２週間に一度テレビを
見にやって来る。テレビは最近父がＫ市の電気屋でひと月３００円で借りてきた。
近所にそう何件もない。こないだ（この間）まで私と兄たちも２軒先のつよっさん
方に見せてもらいにいっていた。ハイカラな家（うち）で晩御飯のあと洋風の
コップで、こげ臭いものを飲んでいた。帰ってから一番上の兄に、ありゃあ何じゃ
ろうかと聞くと、ありゃあコーヒーじゃと教えてくれた。兄はつよっさんと仲が良か
ったのであの家のことをよく知っていた。ああいう（ハイカラな）のがええのうと
言って
いた。
おじさんは来るときいつも「横綱あられ」（でも袋には「大関」と書いてあった）
を持ってきた。もうそげん気いつかわんでえよう、と母が言うが、いやまあ一つ
と袋を私に持たせる。
試合が始まるとおじさんは人が変わる。少しだけど。
「そこじゃっ、それ”りきどう”行け」
「あっあっ、こりゃあおえん、おえんぞう、行くな行くな”りきどう”」
「ああー行ってしもうたあ、わかっとんのにどうして行くんかのう」
「おおおー隠しとる隠しとる、パンツに武器を隠しとるがあ」
私たちも
「チョップじゃチョップじゃあ、”とよのぼり”（豊登）さば折りやれっ、”よしむら”
（吉村）回転エビ固めじゃあ」と張り叫ぶ。。
「お世話さん、ほんなあまたされいしゅう(再来週)に頼まあようユウちゃん」
何事もなかったようにおじさんが帰ると、あとには「大関（横綱）あられ」だけが
残ってる。
私はすぐに溜まった小便をしに便所に駈け込む。
なーんであそこで「沖しきな」（審判）は反則に気づかんのんじゃろう、
そうすりゃあぜってい（絶対）”日本”が勝っとたのに・・。
ふうっと一息ついて窓を開ける。外からしゃがれた声が入ってくる。
”たび〜行けば〜駿河の国の・・・・
おう、お若えのこっちい来なせい、江戸ッ子だってねえ・・”
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2008/03/28さくら絵具（前）
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2008/03/16ヒロ子ちゃんの変貌(真っ赤なトマト３）
2008/03/09ぽんぽこたぬき（真っ赤なトマト２）
2008/03/02真っ赤なトマト（１）
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2007/12/30水中金閣寺
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