Asagaya Parkside Gallerie
記憶写真
「さくら絵具(後)」
半鐘がカンカンカンと鳴り、もぐり込んでいた布団の中にまで響いてきた。
家族のものが不安な心持でぞろぞろ起きあがった。
「どこじゃろうか、こげえな時間に・・」
「どれちょっと見てくらあ」
父がどてらを被って表に様子をうかがいに行った。
外ではもう近所の人が出てきて、半鐘の行方を噂している。
父が戻って来て「どうもY部(3キロほど北東にある部落)の方じゃ、山の向こう
が真赤になっとる」と話した。半鐘を叩く音がだんだん激しくなった。サイレンが
鳴らされ私の部落(M部落)の消防も家の前を慌ただしく駆け抜けていった。
私も便所の窓から東の空を覗いてみた。
学芸会の劇で見た夕焼けの背景画のような色が広がっていた。
騒ぎは明け方には収まった。東の山向こうも普段の透明な青に戻っていた。
学校に行くと一年生の廊下がすでにざわざわしていた。Y部落の子が
”OOん家(ち)じゃあ”と騒いでいるのが聞こえた。
私は耳を集中してよく聞きとろうとした。
「燃えたんは、A組のS田ん家(ち)じゃあ」
私はすぐに自分の組にS田が何人いたか頭をめぐらした。がA組には一人しか
いなかった。Fちゃんだった。
授業が始まって、O先生が「実はなあ今朝はみんなに・・」と話始めた。それまで
には学校中の者が知っていた。
「ゆんべS田のF子ちゃんの家でなあ火事があって・・F子ちゃんがなくなったん
よお。・・・F子ちゃんは始めはお父さんらぁと外へ逃げとったんじゃけぇどなあ
宿題を忘れた言うて取りに戻ったんよお、それで・・」
ただ、ぼーっと受け止めた。悲しくはなかった。
葬儀は二日後の雨の日に行われた。一年生全員が校庭に集められ、傘をさし
2キロの道を歩いてFちゃん家のあるY部落に向かった。クラスを代表してH子
ちゃんとA草のIちゃんが弔辞を読んだ。
それからしばらくして、私は奇妙な考えにとりつかれた。
火事ん時、Fちゃんが取りに戻ったいう宿題は、あん日の図画だったんじゃあ・・。
黄色と青を少し塗っただけで終しめえにしたあの・・・。
もしあん時わしが新しい絵具んことを気にせんでおったら、Fちゃんも気兼ねせん
で自分の絵を完成しとったんじゃあ・・。そうすりゃあ取りに戻らんでも・・。
私は今も絵を描いている。たまに水彩を使うこともある。(さくら絵具ではないが。)
そんな折、絵具を出す私の指がチューブの尻をそっと押してるのに気づく。
私は変らぬ自分の性格に苦笑いし、二つの出来事が本当はつながっていたの
ではと思う。
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2008/03/28さくら絵具(前)
2008/03/21からみもち
2008/03/16H子ちゃんの変貌(真っ赤なトマト3)
2008/03/09ぽんぽこたぬき(真っ赤なトマト2)
2008/03/02真っ赤なトマト(1)
2008/02/24もの好きの悲哀〜鮒めし
2008/02/17死ぬるぐれい退屈(ていくつ)な日
2008/02/10大当たり(3)
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2008/01/20兄のデビュー(2)
2008/01/13兄のデビュー(1)
2007/12/30水中金閣寺
2007/12/23記憶写真