Asagaya Parkside Gallerie
記憶写真
「欲張り」
きょうはどこへ探検に行くんじゃろう・・。
信ちゃんはしょう油屋の先を右に曲がり、畑の続く道をまっすぐに進む。
しばらくして壊れそうに傾いた納屋の前に来た。「ここじゃ」
身を屈めながらそっと入口に近づき、頭が通るくらい戸を開けた。
それからスルッとすべり込んだ。私も真似をした。蒸れた藁（わら）の臭い
がした。土間に鍬（くわ）や柄杓（ひしゃく）、ざる、ため桶が置かれ物が
詰まった麻袋がいくつも重ねてある。藁も束になって回りに積んでいる。
壁の隙間からあちこち日が射していて、目が慣れてきたらもっといろいろ
見えてきた。足もとに鳥の足のようなものがころがっている。貝の殻や
魚の頭がついたままの骨も。
でけえなあ、鰤（ぶり）じゃろうか、そう思って信ちゃんの方をうかがうと、
人差し指をちょこっと出して奥の方を差している。ドキッとした。人がいる。
藁の上にむしろを敷いて、ボウボウの白髪のおばあさんが口をもごもご
しながら座ってる。あわてて体を縮め外へ飛び出した。
「なあ、お父ちゃん。みんな人は死ぬるんけえ？」父が自分の夕食用に
釣ってきた鮠（はや）を七輪で焼いてるそばで私は尋ねた。
「仙人みてえに長うに生きれんのんかあ？」
「当たり前じゃあ、わしも、お母ちゃんも、おめえじゃっていつかはおらん
ようになる。寿命いうもんがあるけんのう。何で急にそげんことを聞くん
なあ？」
私は昼間の話をした。出てから信ちゃんが、あのおばあさんは死ぬ前に
うめえもんを全部食いてえ言うとるんじゃと話してくれたことも。
「ああーあの田中のひいばあさんか、ありゃあまだ死なんでえ。９０過ぎ
てもずっとあの調子じゃあ、もう何年にもなる。欲の張っとる人間いう
のは、そう簡単には逝（い）かんもんでえ」
次の日、
「信ちゃん、何か欲しいもんあるけえ？」
「何でなあ？」
「人間、欲しいもんがあるときゃあ死なんいうて、お父ちゃんが言うとった
けん」
「おうそれじゃったら、わしは刃がいっぺい付いとる折りたたみナイフと
キャッチャーグローブが欲しいのう。ユウちゃんは何ならあ？」
「わしゃあ給食の揚げパンと・・小倉ミルクを毎日飲みてえわあ」
この欲張り小学生、５６歳と５７歳にて今も健在。
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