これまでのあらすじ
建部中学1年生の建部鮎太、妹さくら、同級生の河本温人はふとしたことから江戸時代初期にタイムスリップする。
そこで出会った僧侶、日船や石仏泥棒の富蔵、角石村の剣の達人、竹内老翁、建部藩主、池田宗春らの力を借りながら、
彼らはしだいに自分たちの力で生きていくことに目覚めていく。
そんな中、鮎太は「姫こ渕」で美しい姫と出会い、必ず現代にいっしょに戻ると誓う。さまざまな出来事を乗り越えた鮎太らは、メールの指示を受け、再びタイムトンネルに乗る。
再び、着いたのは江戸時代の最後の年。福渡の医者、吉岡親子、鮎太の先祖、鮎一、イカサマ博打の黒船らと暮らしはじめた鮎太たち。新しい明治の時代へと変わる中で出会いと別れを経験した三人は再び戻れることを願い、タイムトンネルに乗る。
そして次なる到着地点はロマン漂う大正時代だった。織物工場を建て農民の困窮を救おうと夢見る後藤仲太郎と出会う。鮎一の旅館「鮎家」を訪ねた三人は四十数年ぶりに桐乃と対面する。鮎太たちが来たことを知って、東京女子大学に通う桐乃の孫娘、マリが東京から戻って来る。マリは女性の社会進出を訴え「私も未来に行きたい」と言い桐乃たちを困らせる。マリが帰って新客が訪れる、”虎大尽”山本唯三郎、その人だった。
*主な登場人物
建部 鮎太(あゆた)
建部に住む中学一年の少年
建部 さくら
鮎太の妹、小学五年生
河本 温人(あつと)
鮎太の同級生
建部 鮎一郎
鮎太の父 岡山の大学の教授
建部 すみれ
鮎太の母
建部 桃江
鮎一郎の母、鮎太の祖母
楓(かえで)
鶴田城の姫君
山本唯三郎
三明寺出身の大実業家
後藤仲太郎
建部の織物工場の創始者
上代 淑(よし)
山陽女学校、校長
大橋文之
画家、歌人、福渡で多くの門弟を育てる
建部鮎吉
鮎一の息子、旅館「鮎家」主人
建部鮎彦
鮎吉の息子
建部 マリ
鮎吉の娘
建部 桐乃
鮎彦の祖母
大橋画伯はしきりに僕らにヨーロッパのことを質問した。
「向こうでは、これまでのダビンチ画伯のモナリザのような実に精密に写実する絵画ではなくて、画家が感じるままに、自由に色彩を使って描く芸術が起きていると聞く。この島国にいては、想像してみる以外に皆目見当がつかん。君らの時代には、どんなふうな絵が伝わっているのじゃろう」
僕は家族でオルセー美術館に行った時の話をした。
「そこでは僕らの美術の教科書に載っている、マネとかモネ、セザンヌ、ルノアール、ゴッホ、それと、この後、新しい美術を切り開いたとされるピカソ、マチス、ミロ、シャガールの有名な絵が展示されていて、世界中の人が鑑賞しに来ています」
「ほう、わしらには奇に映るものが、時がたつと人が愛でるものに変わるのか。
昨年、児島虎次郎君からそのゴッホという画家が描いた糸杉の絵の複製を見せてもらったことがある。尋常の者とは思えなかった。
しかし、その狂わんばかりの筆致から、おのれを懸命に描き伝えようとする執念が伝わって来た。わしに真似できようもないが、少なくても、彼のようにあれと導きたいものじゃ。いつか、そんな中から日本のゴッホが生まれることを夢見よう」
「そうですね、大橋先生。理想に向かって人を育てていく、それが社会にもっとも奉仕することですわ」上代校長先生の目にも、これから世界の広い視野に立った女性を育てることで、自由で平等、平和な世の中がやって来る、そんな思いが満ちていた。
「よっしゃ、わかった。校舎の一つや二つ、学校だって作ってやる。わしがこうしていられるのも、学問のおかげじゃけん」虎大尽さんは右のこぶしで自分の胸をどんと叩いて、それに答えた。
仲太郎さんがこの農村に織物工場を作ろうとしている。そして人々の生活が楽になることを夢見る。
女中頭の大藤さんだって、マリさんを送りだした後、「そりゃあ、私も東京に行って、“洋服”を着て歩いてみたいわぁ、髪はパーマをかけてね。そんなこと夢の夢だけど、一生で一度、そんなことがあったら、もう何も言うことはないだろうね」
あの日、TKBのおばあちゃんたちが歌ってくれた大正の時代に流行ったという「ゴンドラの歌」
「いのち短し恋せよ乙女 あかき唇 あせぬ間に 明日の月日は ないものを・・・♪」
夢の夢、その夢をもって、今を一生懸命生きようとみんなが思い始めた、それがわずか十四年だったけど大正浪漫という時代なんだ。
その後には、夢を持つことも理想を描くことも叶わない戦争の時代が待っている。
はたして、これから再び何が起きるのか?
*この物語に登場する人物や出来事は、あくまで想像上のもので実際の人物、史実とは異なります。